一等当たった

今日、高島屋で買い物をして、くじをひいたら、5000円ギフトカード(一等)が当たった。厄払いできたような気がして嬉しかった。

 

母が「あんたはやはり持っている」と言ってくれたのも嬉しかった。何も持ってないけどねえ。

 

「勉強で競争心が全くないのはなんでだろうねえ」とも。勉強は嫌いではないけど、他の人と競争することはできなかった。する気になれなかった。負ければ悔しくは思うけど。自分がわかって成績が上がればそれでいいと思っていた。妹も弟もそう。競争心がないと残念がられた。

50の今そんなことを言われてもねぇ。

好きではなかっただろうと今は思う

彼は誠実な面もあった。

他の人と逃げるという事はなかったし、他の人を連れ込むこともなかった。

ただひたすら私を追い込み続けた。

私のことをほんの少しでも好きだったら、できないだろうと思うことを

淡々とやり続けたことを、今でもありありと思い出してつらくなる。

私は一方的に愛していたのだろうと思う。

私が好きだったのだから仕方ない。

本当に好きだった。

 

金属製のモップの柄で、足全体が紫色に変色するまで殴られた。

機械操作やカーナビの設定など、数回失敗すると顔を殴られた。

絶対逃げたり逆らったりできなかった。

毎晩のように腰を叩くのだが、私が寝かせてもらえないので

うとうとすると「終了」が待っていた。

でも自分からは一度も出て行かなかった。

外気温4度のベランダの、ヒートポンプの室外機の前に出ろと

下着姿でスプレーで水を全身にかけられ、言われたときに初めて拒否した。

「殺す」と言われ、家を破壊すると言われ、私を裸で山中に放置すると言われ、

初めて警察に駆け込んだ。

恐ろしくて仕方なくなった。

1か月前に相談に行っていて良かった。話は通っていた。

 

今でも涙が出る。ずっと一緒にいるために頑張ったのに。

なんでそんなことをしたの?って。

やっぱり、私のことを好きではなかったと思う。

警察の人もそう言ってた。

「あなたは金づるだったんだよ」

私には稼ぎもそんなにはないけれど、あなたが働かなくても

月に5万円くらいはゲームに課金できていたし、

食事は用意していたから、そうだったんでしょう。

私はご飯と卵だけでも、彼にはきちんと栄養バランスを考えて

料理は下手だったけど、3食と甘いものと。

そして毎日のタバコと。

 

今、この家にたくさんの電子タバコのための道具や素材があって

目に入るたびに思い出してしまうけど、捨てることもまだできない。

まだ仲が良かったころ、別れたら1か月で忘れるでしょうと

あなたは笑っていたけど、5か月がたとうとしている今でも

毎日思い出して涙が出る。

 

あなたは私を全く好きではなかったんだなあって。

母との関係

母と会うときに、本当に参るのが、元同居人とのことを聞かれては意見されること。

もう終わっているので、「はいはい、そうですね」と聞き流すしかないのだが、

自分の人生における大きな選択ミスをいつまでも言われるのはつらい。

つらいというよりむしろ、母に安心できる老後を送らせてあげられなかったことが申し訳なくて、そして、彼との生活について根掘り葉掘り聞かれるので、思い出したくもないことをいろいろ思い出しては話をさせられて、心がどうにかなりそうになる。

私が悪いので、絶対逆らわない。けど。

母と買い物に行った

母は、私と買い物に行くことを楽しんでくれていると思う。

妹とはもう長く買い物に出かけていない。彼女は働いたことがなくて、母のお金を使って生活をし、好きな服や化粧品を買っているのに、母のことを「バカ子」と呼ぶらしい。私には「死んで」という伝言を預けられるらしい。身内として恥ずかしい。

母と買い物に行くと、たいていのものは買ってもらえるのだが、母の気に入りのブランドでないとだめで、靴なら「BONSTEP」、バッグなら「LeSportsac」、服なら「SIMPLELIFE」である。

私は割合なんでもいいと思うタイプなのでありがたく買ってもらう。今日は「SIMPLELIFE」で、短めのカーキ色パンツを買ってもらった。明日も前回取り寄せてもらったTシャツが入荷したそうなので、一人で取りに行くと言ったら、SMSで「いいなあ」と返ってきた。かわいい母です。

35歳から50歳まで

私はいつの間にか50歳になっている。

彼と同居してから15年。

そのうち8年間は自分の意志で無駄にして、でも、彼を信じて、家を買い、車を買い、猫を飼った。

ほんの少しは私のことを好きでいてくれると思っていた。でも多分違ったんだろうな。

私は金づるだった。助けてくださった警察の方にも、何度もそう言われた。

 

私は彼には「俺の未来を奪った」と言われた。「約束を破って、お金にしたら1億2億では済まされない失態を犯した」と言われた。「俺は仕事をしていたらそれくらい稼げている」と。でも、働かなかった。15年間ずっと家で過ごし、車を買い、それでも出かけもせず、ずっと家の中にいて彼は40kgも太った。

 

トレーニングルームを作り、ルームランナーとエアロバイク、腹筋台、ダンベル等を買った。でも一度も使わなかった。

 

ロト6を毎週2回買わされ、「いつ当たるんだ」と罵られた。「お前が赦される道はそれしかない」と。

 

手持ちのお金はすべて取り上げられ、毎日の食費は1500円で、すべて彼の食費になった。私はお米と卵、ふりかけ程度のごはんで、たまに残り物を炒めてどんぶりなどにしていただいていると「なんだその糞飯(クソメシ)」と笑われた。

 

食事が私の言動が気に入らないと、「終了」と言って、一週間も口をきいてくれず、その間の私の態度が悪いと、すべてを暴露して家を出て行くと言った。でも、一度も出ては行かなかった。

 

新築マンションを買った最初のクリスマスに丸ごとのローストチキンを買って来いと言われ、買ったが、食卓にそのままナイフとフォークと一緒に出したら、「俺が骨付きチキンが嫌いなことをしっているだろう」と激怒され、チキンをちぎって部屋じゅうに投げられた。サラダも、何もかもすべてまき散らされた。それからはクリスマスだからとか、お正月だからとか、イベントはやめた。

 

一度、まだクレジットカードを使わせてもらえてた時、ブルゾンの暖かそうなのがあったので、内緒で彼に買った。クリスマスとお誕生日のプレゼントは、ないと嫌味を言われるし、私は本当はそういうプレゼントをするのは好きだった。

そうしたら、「適当に選んだだろう」と罵られ、何度か下見をして買ったことを信じてもらえず、ものすごく怒られた。

 

ネットゲームのガチャガチャに、5万円程度課金することが年に3回程度あり、私はとてもむなしくて嫌だった。(でも彼のお友達ももっと課金しているようだったので、それは仕方ないと思っていた。) そのガチャガチャで当たりを引けと言われ、引けないことを責められるのも嫌だった。お友達は3万円ほど使えば、当たりが出ているらしいのに、私たちは一度も出たことがなかった。そういう課金も、私に対するいやがらせだと言っていた。

 

何かというと、顔を殴られるようになった。でも、殴られるのはまだ全然良かった。何とも感じなくなった。それよりそのあと1週間以上口をきいてもらえず、食事を用意しても全部捨てられたり、何日も眠らせてもらえなかったりするのがつらかったし、仕事に差しさわりがでることがいちばん恐ろしかった。彼のために用意する肉や野菜をのどから手が出るほど食べたい時もあった。でもその気持ちを押し殺した。私は料理や買い物をする時間がなかったり、料理があまり得意ではなかったりするので、割高ではあるけれど、必然的に彼には買い物で食事をしてもらうことが多く、私が作ると食べてもらえないことが多かったので、1500円でも足りないくらいだった。

 

2年間、ベッドを使わせてもらえなかった。玄関の床に、ベッドの敷きパッドを敷き、コージーブランケットとタオルケットをかけて寝た。でも、寝られるのはまだよかった。最後の1年間は、本当に眠らせてもらえなかった。うとうとするとペナルティーを与えられ、ますます眠れなくなった。一日1時間半程度「温情で」寝かせてもらえた。

玄関では自由度が高すぎると、床に養生テープで私の居場所を指定され、そこから一歩も出てはいけなくなった。お手洗いに行くときも許可制で、たいていすぐには行かせてもらえなかった。「もらせばいい」と言われた。

 

お風呂にも、まともには入らせてもらえなかった。週に2回、シャワーを浴びさせてもらえればよいほうだった。夏でもそうだったので、仕事に行くのがとても心配だった。湯舟につかることもできず、彼の残り湯はいつもきれいに流されていた。ひと月に一度程度は、「沸かし直しをしない」という約束で、10分だけお風呂に入らせてもらえた。

でも、10分で髪も洗い、乾かさなければならなかったので、ほとんど浸かれなかった。

 

どうしてそんな執拗な意地悪を思いつくことができるんだろうとずっと思っていた。子供みたいだけど、大人だったし、殴られれば痛かった。アザは残さないように殴っていたみたいだけど、何日も痛いこともあった。足が紫に腫れて、膝が曲がらないこともあった。床をふくワイパーの柄で殴られた時だった。

 

出て行ってとは言えなかった。仕打ちがこわかったし、何より、私が彼のことを好きだったのだと思う。今もまだ、彼を思い出すと冷静でいられない。それが何よりの私の弱みだったのかもしれない。

 

二度と会わないし、連絡も取らないけど、どうしてそんなことができたのか、聞いてみたい。自分が犯罪を犯していることに全く気付かなかったという。そんなことがあるのかな。彼はインターネットを駆使していろいろなことを学んでいる人だったけど、私が警察に保護してもらったとき、強がり、警察のかたにたしなめられたそうだ。「彼女が被害届を出せば逮捕しますよ」と。それで気づいたらしい。

 

私は自分の15年間を自分で浪費してしまったと思う。親にも申し訳ないと思う。これからの15年間で、いろいろな人に恩返しをしていきたい。

 

 

 

 

いろいろ

私は若いころの不注意とか面倒くさがりとかが祟って

今は両頬を中心にシミだらけです。

でもそれを隠そうと幾重にもおしろいを塗り重ねると

今話題のくっきーさんみたいになってしまうので

BBクリームのような薄付きのファンデーションを探していますが

シミを完全にカバーできるかどうかがわからないので

悩ましい。

30代最初のころ、母から、「絶対後悔するよ」と言われ続けたのに

日焼け止め等を塗りなおさなかったバチでしょう。

甘んじて受けなければなりません。

 

以前に書いていたブログを公開したら、

全部今日の日付になってしまうのですね。

知らなかったけど、まあ、いいや。

私は今、自分の時間を生きている。

自分の価値観を頼りに、好きなように生きていける。

しあわせ。

 

決意

少し考えるところがあり、彼とのことを書こうと思う。

これまでは、まだ気持ちに整理がついてなかったし、

自分のことをかわいそうだと思う気持ちが強かったみたい。

誰に読んでもらうわけではないけど、オープンな場所で

誰かが読んでくれているかもしれないという抑制のある場所で

少しずつ思い出して書きためていきたいと思う。